会社情報Company Information

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  1. 代表あいさつ

    伝統を重んじ、新しく改革していく

  2. 会社概要

    株式会社NEO ACADEMYの会社概要

なぜ「優秀な日中人材」ほど、日本の組織から離れていくのか

1.育成は、始まる前からつまずいている

結論から言えば、日本の組織で外国人材の育成が難航しやすいのは、育成の方法が悪いからではない。育成が成立するための前提条件が、組織内で言語化されないまま運用されているからである。

ここでいう前提条件とは、「何を学べば一人前か」という技能の話ではない。より手前の、組織内で「人としてどう振る舞うか」に関する暗黙の基準である。たとえば、どの段階で意見を言ってよいのか、どの頻度で上司に相談すべきか、周囲との調整をどこまで優先すべきか、そうした判断の土台にあたる。

日本社会で育った人にとって、これらは多くの場合「説明される対象」ではない。学校や家庭、アルバイトや部活動などを通じて、長い時間をかけて自然に身につく。そのため組織は、それを研修で教えるべき対象として扱わない。

ところが外国人材にとっては、この暗黙の基準こそが見えない。育成に入る前に、すでに「分かっていること」として要求されてしまうのである。

その結果、現場ではズレが生じる。本人は正解が分からないので確認したいと考える。一方、組織側はそこは察して動いてほしいと感じる。摩擦が起きることもあるが、多くの場合は摩擦にすらならず、「まだ慣れていない」「慎重すぎる」という印象に回収される。こうして問題は個人の性格や姿勢に置き換えられ、前提が共有されていないという根本は残り続ける。

帰結として起きるのは、「育成しているつもりなのに育たない」という状態だ。しかし実際には、育成の入口が曖昧なままなので、本人が努力をしても、どこで評価が切り替わるのかが見えない。ここで初めて、「育成の制度」ではなく、「育成が成立する前提」そのものを整える必要が浮かび上がる。

2.評価が噛み合わない本当の理由

日中人材の評価が割れやすい理由は、能力の高低ではない。判断を出す順序やプロセスに対する期待が一致していないのである。

中国語圏で形成される人材は、不確実性を前提とした環境で「動きながら判断する」経験を積みやすい。完璧な情報が揃うのを待つより、仮説を置き、動き、修正しながら精度を上げる。そこで鍛えられるのは、行動の速さそのものではなく、暫定判断を重ねる力である。

一方、日本の組織が重視するのは、暫定判断の巧拙ではなく、判断に至る順序の適切さである。結論の妥当性以前に、「今、その判断を出してよい段階か」「関係者への共有は済んでいるか」「飛ばしてはいけない工程を飛ばしていないか」が問われる。日本の職場でよく見られる「結論は正しいが、やり方が良くない」という評価は、ここから生まれる。

しかしこの順序は、十分に明文化されていないことが多い。暗黙の了解として運用されるため、外国人材には見えにくい。その結果、本人は成果や内容を基準に動き、組織は順序や合意形成を基準に評価する。この評価軸のねじれが、「優秀だが扱いづらい」「仕事はできるが組織に合わない」という分裂した評価を生む。

本人は何を直せばよいのか分からなくなる。語学か、知識か、態度か。しかし実際に求められているのは結論ではなく順序であり、その基準が見えない。ここで能力の高い人材ほど早く気づく。これは努力で埋まるギャップではないと。

3.人が去るのは、未来が見えないときだ

優秀な人材が組織を離れるとき、そこに強い怒りや対立があるとは限らない。むしろ多くの場合、その判断は静かで合理的である。不満が爆発して去るのではなく、将来の見通しが立たないから去るのである。

人材が組織に留まるかどうかを決めるのは、現在の評価だけではない。より重要なのは、「努力がどこにつながるか」が見えるかどうかだ。どの行動が評価され、何ができれば次の段階に進めるのか。その基準が誰によって、どのように運用されているのか、それが見えるかどうかである。

育成の入口条件が言語化されず、判断の順序も明示されない環境では、努力を積み上げても手応えが構造として返ってこない。判断力のある人材ほど、「この環境に時間を投資し続けたとき、どのような成長が見込めるのか」を冷静に考える。その問いに納得できる答えが得られない場合、離脱は合理的な選択となる。

このとき本人は抗議しない。誰かを責める話ではなく、仕組みの相性の問題だと理解しているからである。結果として組織側には「突然辞めた」「理由が分からない」という印象だけが残るが、本人の中では判断のロジックはすでに完結している。

結びにかえて

人が去る前に、組織は何を問うべきか

本稿で見てきたように、優秀な日中人材が日本の組織から離れていく理由は、能力の不足でも、文化の違いでもない。

育成が機能しにくいのは、育成の方法が間違っているからではなく、育成が始まる前提が共有されていないからである。評価が割れるのは、成果が足りないからではなく、判断を出す順序が一致していないからである。そして人が去るのは、不満が積み重なったからではなく、この先どう扱われ、どう成長できるのかが見えないからだ。

優秀な人材ほど、この構造に早く気づく。だから声を荒らげることもなく、問題提起もしない。ただ、静かに別の環境を選ぶ。その静けさの中で、組織は一人の人材だけでなく、変化の可能性そのものを失っているのかもしれない。

人材を活かすとは、能力を測ることでも、文化を同化させることでもない。どの段階で、何を期待し、何を評価するのかを、組織自身が言葉にできているか。

いま問われているのは、その一点である。

次回予告

なぜ人は去るのか、は見えてきた。

次に問うべきは、では、どこをどう変えれば人は残るのかである。その設計の話を、次回に続けたい。